随筆

10行随筆

断捨離   

 私の部屋は、知らぬ間に物で埋まっていく。先日どうしても必要な書類が見つからず、このままではいけないとようやく気づいた。「いつかは使うだろう」と残してきた結果だが、これでは収納スペースがいくらあっても足りない。一日がかりでどうしても捨てられない物は残し、あとは捨てることにした。山になった書類や雑誌類を捨てたら本棚がスッキリ。これからやるべきことが見え、気持ちにも余裕がでてきた。

 

語呂合わせ

海に近いお店に入ったとき、頭にねじりはち巻きをした威勢のよい男性が「駐車場の車は誰の?」と。客は私しかおらず「はい」と答えると、「いいから来て」と言うので事故かと思い恐るおそる駐車場に行った。男性はナンバープレートを指さし「初めて同じ番号と出会えた」と感動した様子だった。その番号は8739「花咲く」。あまりのギャップに私もやっと笑うことができた。ちなみに現在の番号は「575」俳句号だ。

 

リセット

静岡県立美術館の「ロダン館」に時々行く。ラグビーボールの形に似た天窓から光が優しく射しこむ不思議な空間だ。「考える人」の眉間皺に憂鬱感を抱きながら「地獄の門」を見あげる。何とも言えない圧倒的な力。できることなら門によじ登り門に埋もれている人物像全てを見たいが当然無理な話。最後にもう一周し「地獄の門」を高い位置から見下ろす。出口に向かい後ろをふる向くと、心が軽やかになっていた。

 

ダンス                    

隣町のスーパーで買い物をしていると姪っ子に偶然出会った。久しぶりの再会だ。どちらからともなく声をかけハイタッチ。姪っ子の背中に手を回し肩を並べ歩いた。すると近くにいた見知らぬご婦人が「まあ、ダンスみたい」とにっこり。「えっ、ダンスですか?」と聞き返すと、「そう、とても楽しそう」と言って去って行った。突然のことで驚いたが面白い表現をすると感心した。

 

散策

仙石原の湿生花園でオジギソウを見つけた。子どもの頃、葉っぱに触れると閉じるので面白いと思っていた。しばらくすると親子が寄ってきて、「ほら、オジギソウここにもあったね」と言うと男の子がペコリと頭を下げた。その可愛らしいしぐさに笑顔が広がった。少し先に行くと見たこともない派手なイモムシがうねうね歩いている。美味しい空気をたっぷり吸って童心に戻れたようなひとときだった。

 

花火屑

藤枝の蓮華寺池公園の花火大会に出かけた。メイン会場ではなく裏山で見えるちょっとした穴場だ。20名ほどの鑑覧席は子どもの声で賑わっていた。低い花火は山が邪魔して半分ほどしか見えないが天高く打ち上げられる「しだれ柳」や「牡丹」は耳がつんざくような爆音と、窓ガラスが揺れ響く音がした。その後、ぱらぱらぱら…と音がして白い花火屑が落ちた。ふと、雪を連想し寒い冬が恋しくなった。

 

蛙と渡り鳥                     

梅雨時、西側の田んぼから蛙の合唱が聴こえてくる。長年眠れず悩まされてきたがようやく慣れた。俳句を学んでから、蛙の種類や鳥の名前も気になるようになった。「ケェ、ケェ!」と鳴く鳥はどんな姿をしているのか、興味が湧き、カメラで撮り、鳴き声を録音して調べた。口ばしと足が黄色で長い鳧だった。窓から顔を出すと雛を守っているのか「キーキー!」と威嚇してくる。身近な生き物が俳句の題材になってくれる。 

 

産地                     

子どもの頃、お茶の種類など興味はなかったが大人になって川根茶を飲んでいたことが分かった。島田茶は飲んだ時の鼻に抜ける風味が印象的だったこともあり一目置いている。お茶屋さんに行くと、色々な産地のお茶が並んでいて四季ごとのお茶を楽しめ飽きることがない。今、冷蔵庫のガラスポットには掛川茶が冷えている。出かけるときは牧之原の抹茶緑茶と氷も加え、濃い緑と味を楽しんでいる。

 

指揮者                    

ママさんコーラスに通っていたときのこと。指揮を執る先生は80歳になるが乙女のような高音で、明るいブラウスが印象的だった。感心させられたのは指揮をとるときの姿勢だ。左右の腕を大きく振り背筋が真っ直ぐになり、少しずつ後ろに反っていく。その姿を見るだけでぐっとくるものがある。同じ年齢になった時、「私はいったい何をしているのだろうか」と考えさせられた。

 

心機一転           

色々な案件が重なると今なにをすべきか悩むことがある。あれこれそれと気になるのだ。しまいには、さっき食べたクッキーのサクサク感が忘れられなく時間だけが過ぎてゆく。気持ちを切り替えようと思わず両手を「シャン!」と思いきり叩いてみた。一本締めのように。両手がジーンと痛くなったがその瞬間雑念がパラパラと飛び10行随筆にとりかかることができた。 

 

こだわり

お茶好きが高じて気づけば急須にこだわるようになっていた。デザインが気にいって購入しても実際に使用しなければ使い勝ってが分からないので賭けみたいなものだ。数年前、ズボラな私にピッタリの急須を見つけた。お茶屋さんで使用する蓋の無い急須だ。シンプルな形も気に入っている。持ち手の角度がしっくりきて最後の一滴も注ぎきれる優れ物。これで2個めだが今度こそ割らないようにしたい。

 

別世界

先日、思いがけず時代物の芝居を観る機会に得た。江戸ことばでやりとりする粋な台詞が新鮮だ。時間の経つのも忘れ、いつの間にか舞台の世界に入っていた。運よく桟敷の横が花道だったので、役者の顔を一瞬ではあるが見上げることもできた。きりっとした端正な顔立ち、真剣な眼差しにドキッとした。長時間だったが頃合いを見計らって笑いをとることも忘れていない。久しぶりに日常から離れたひと時を楽しんだ。

 

仕事はじめ  

正月明けから挿絵の依頼が約20点舞い込んできた。想像力が試される仕事だ。締め切りは、2週間後。アイデアが天から降りてくるなどと言っている余裕もない。外出を極力控え引きこもりで仕上げていく。下書きをチェックしてもらい何枚か描き直す。どうにか間に合いそうだ、と思っていたら一番大きな作品の色変更の要請が入り一から描き直し。右腕が筋肉痛になりながらも締め切り日に納品することができた。

 

その魅力は

我が家の玄関を出ると遠くに富士山が見える。かなり雪が積もってきたが、白い帽子をすっぽりかぶるのはいつ頃になるだろうか。近くの大井川の太平橋から眺める富士山は運が良ければ雲の上に浮いて見える。運転中に飛び込んでくるので短い時間しか見ることはできないが声に出るほど感動する。四季折々、違った表情を見せてくれる富士山。ざわついた日常を一瞬でも真っさらにしてくれる魅力は語り尽くせない。

(俳誌『風土』2018/2月-2019/3 十行随筆・掲載文転載)