自句自解【空を見上げて】 

流れ雲瑠璃桃黄色冬茜

 空は、現実を忘れさせてくれる不思議な力がある。

移ろいゆく雲は、ときに親子鯨に見えたり、虎から兎に変わったり、変幻自在で時の過ぎるのも忘れさせてくれる。冬の初め、日が傾きはじめると大井川の上空に広がる雲が面白い形をしていた。急いで上着をはおりカメラ片手に二階のベランダへ。遠州空っ風の凍えるような冷たさに耐えながら、数枚写真を撮り、あとはじっくり観察。その雲は巻雲で、形状は鉤状雲のように見える。絹のような薄く細い雲がいくつも集まり先端はカーブしていて遠くの空まで蛇行していた。まるで、誰かが空にササッと筆書きしたように。鉤状雲は風と共に夕日をゆっくり受け入れていく。ぼんやりとした茜色や桃色黄色が浮き出て、隙間から瑠璃色の空を覗かせながら形状を少しずつ変えていった。しばらくすると、幕を閉じたかのように空一面暗くなった。部屋に戻り、二度と見ることのできない光景を瞼の裏に温めた。

青空を眺めているだけで気持ちが前向きになっていくことに気づいたのはいつ頃だったろうか。不安になったとき空を見上げるだけで行き止まりはないと思えたり、美しい夕焼け星月に吸い込まれそうになることもあれば、ぼってりした曇天や、雷の轟音に何かの予兆ではないかと想像することもある。歳を重ねるたび空は神秘的に映り、見上げる回数も多くなった。

(俳句誌『風土』・自句自解 2019/5 掲載文転載)